前回のリスクの話の補足(?)。
よく、「死にやしねーよ」って励ましというか慰めというか
言うときがあるけど、(これはたいてい「何とかなるさ」的なポジティブな意味合いだよね)
よくよく考えると、「死なない」ほうが
たとえば障害が残ったりして歩けなくなったり、手が使えなくなったり
何も考えられなくなったりとか、っていうリスクがあったりして
いいとはいえないかと。
あと、「明日になったら~」というのは、「今この瞬間が続くこと」が前提で
暮らしているというか生きている人が大半である、ってこと。
生死の問題までいかなくても、
・昨日まで普通に動いてたパソコンや車が突然動かない
・昨日遊ぶ約束をした友達がドタキャンしたので、今日の予定がなくなった
・今日食べようと思っていた月見バーガーは昨日までだった
「確認しとけば防げるでしょ」っていうかもしれないけど
それこそがリスクヘッジなわけで。
「確認する手間」に対して「リスクを負ってる」と。
あ、最近は「リスクをとる」っていうらしい。(英語ではtakeを使うからかな?)
そんな感じ。
補足にしては長すぎですな(笑)。
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さて、最近読んだ本などの話を。
まずはこれ。
サンボマスターのヴォーカリスト:山口隆が
山下達郎、大滝詠一、佐野元春、奥田民生ら大物アーティストと
過去、現在、未来の音楽について
熱く語りあった対談集。
といっても、常に熱いのは山口隆だけで
相手はそれぞれの温度で語っています。
あ、でもやっぱ熱いのかな?
自分が思うには、言葉にはその人の生き方というか生き様というか
そういうのをイメージさせる力があるというか・・・
うまくいえないなあ・・・。
取り出してみると
(エンターテインメントである音楽がビジネスとつながっている話題で)山下達郎が
「音楽に罪はない。その人の生き様と、その人が作っている
音楽はまるで別モノだ~」
いやぁ、なんというのでしょうか。
つまり音楽は音楽そのものであって、それと作者やそれにかかわる人間たちが
どうであろうと関係ない。
どうしようもないドラッグ漬けのやつや、道端に落ちているパンを食って暮らしている
人が作った音楽でも、それが「美しい」のであれば、作者がどうであれ「美しい」というこ
とだけがその音楽に対する「評価」(?・・・この表現もいまひとつピンとこないけど)
に足りえるのだろう、ということかなと。
また、音楽の話から発展して、人生観というかそういうものも。
佐野元春曰く
「~そしてひとつの構造をうまく続けていくために、自分がある何か
の一部分になるという感覚に陥る。僕はそんな自分自身を許すことができない。」
「構造」を「社会への適合」とし、「何か」を「会社」と解釈すると
社会で働く人々の多くはそういった感覚に「陥って」いるのだろうと思う。
それは、その人なりの幸せや社会的評価に対するひとつの答えであって
それを自分自身として「許せない」とすることは、自己矛盾を発生させるだけだ。
だから逆に言えば佐野がそこで「そんな自分自身を許すことができない」としたのは
その覚悟の上に成り立つ精神があるからこそであり、ものすごいことだなあと
思いました(笑)。
ほかにも「日本のフォークは演歌だ」とか「PUFFYで買ったのは車1台(VOLVO)」だとか
音楽好きもそうでない人も楽しめる話題が次々出てきます。
そうそう、かまやつひろしが山下達郎と同じようなことを。
「商業的に成功しても、作ったやつが、一生すべったと思っている場合も
あるわけだからね。だから売れても売れなくても、自分ですべったと思わなければ
そればすべりじゃないわけでね。」
要は音楽は音楽でしかないってことだよね。
どんな人が作って、どんな人が聴いたとしても、その音楽には変わりがないってこと。
僕たちは何に対しても、その周りにくっついてるものから、そのモノに対して
評価や感想を持ちがちだけど、音楽だったらジャズやブルース、ハウスやテクノとか
ジャンルに引きずられがちだけど、本当はいい音楽はいい音楽として
評価しなくちゃいけないし、作り手側も優先順位として売れる売れないよりも
いい音楽はいい音楽として評価してほしいのではないでしょうか。
面白い本だけど、古い洋楽や歌謡曲がわからないと、一部何を話してるのか
さっぱりわからない部分がありますので、覚悟の上で(笑)。
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お次はこちら。
流行のケータイ小説を冊子化したものです。
内容はバスケットボールが大好きな男子高校生の
家族、友人、恋人(?)との関わりを描いた青春小説。
読んでもらえるとわかりますが、展開ははっきりいって結構ありがちな感じ。
ですが、この世代に共通している、大人になっていく過程で生まれる
肉体と精神とのズレというか、大人社会へ足を踏み入れる際の違和感というか
不確定な将来像への不安とか、そういう感じはよく描かれていると感じます。
ま、自分もバスケットボールが好きなので、読んでみたわけですが
バスケをしているシーンはあまりありません(笑)。
逆にあまり興味ない人でも読めるのかな、と。
秀逸なのは、主人公がある不幸に見舞われた後、友人たちの対応ですかね。
ほっといてほしい反面、なにか光を探していて、見つけた光の向こうに
大きな安らぎを見つけて、その不幸の呪縛から解き放たれるというか。
おとななら自分で解決しなければならないわけですが、
そういった精神力のないこの世代にとっては、
良い仲間をもつってことがとても重要であることに、改めて気づかされるような感じです。
ほかに普通の小説と違うというか、ケータイだからなんだろうな、というのは・・・
「・・・・・・」が多い(笑)。
改行とか、行間だとわかりにくいからだろうなとは思いましたが
若干多すぎて、少々お腹いっぱいです。
そんな感じ。
まだほかにもありますが、今回はこの2冊で。
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